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金沢地方裁判所 昭和28年(ワ)285号 判決

原告(反訴被告) 宗広兵作

被告(反訴原告) 長柄産業株式会社

主文

被告は原告に対し別紙〈省略〉第一目録記載の土地を同地上に在る別紙第二目録記載の建物を収去して明渡し且金八万四千四百七拾壱円及びこれに対する昭和二十八年七月四日から完済迄年五分の割合による金員を支払うべし。

原告その余の請求はこれを棄却する。

反訴原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は本訴反訴並に被告(反訴原告)の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、本訴について、被告は原告に対し別紙第一目録記載の土地を同地上に在る別紙第二目録記載の建物を収去して明渡すべし、被告は原告に対し金九万百六十四円及びこれに対する昭和二十八年七月四日より完済迄年五分の割合による金員を支払うべし、訴訟費用は被告の負担とするとの判決並に担保を条件とする仮執行の宣言を、反訴について、反訴原告の請求を棄却するとの判決を求め、本訴請求原因として、原告は被告に昭和十九年二月二十七日別紙目録記載の土地を一時使用の目的で賃料一ケ年百坪当り米七斗の割合合計一石六斗三合九勺をその年の時価に換算した金員で支払う約束で賃貸したが右賃料は昭和二十四年から高松町の指示に基き宅地の賃貸価格により請求することの合意が成立し、その賃貸価格は一坪二十七銭である。被告は右土地が畑地であるに拘らず軍需工場を建設したのであるが終戦となつたので原告はその返還を請求したが応じない。且右賃料については昭和二十四年度分金一万二千七百五十四円、昭和二十五年度分金三万百五円、昭和二十六年度分金二万四千四百三十六円、昭和二十七年度分二万二千八百六十九円を支払わないので昭和二十八年五月二十日附内容証明郵便を以て前記賃料合計金九万百六十四円を同年六月十五日迄に支払うべし、若し右期日迄に支払わないときは賃貸借契約を解除する旨の催告並に条件附解除の意思表示を為した。被告は該期日に至るも右賃料を支払わなかつたので該期日の経過により右賃貸借契約は解除された。

しかして被告は右地上に別紙第二目録記載の建物を建築し使用しているので被告に対し前記土地を同地上に在る建物を収去し明渡すこと並に右延滞賃料金九万百六十四円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和二十八年七月四日から完済迄民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及ぶと述べ、反訴請求原因に対する答弁として、反訴原告主張事実中反訴原告が旧商号を長柄航空冷管株式会社と称していたこと、反訴原告が工場を建設したことはこれを認めるが、反訴原告が本件土地を反訴被告からその主張の如き代価でその主張の如く買受ける約定を為したことは否認する。その余の事実は不知であると述べた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は本訴について、原告の請求を棄却するとの判決を反訴について、反訴原告が反訴被告に対し金一万二千八百八十五円を支払うと同時に反訴被告は反訴原告に対し別紙第一目録記載の土地につき売買による所有権移転登記申請手続を為すべし、訴訟費用は反訴被告の負担とする旨の判決を、予備的請求として反訴原告が反訴被告に対し金八万円を支払うと同時に反訴被告は反訴原告に対し別紙第一目録記載の土地につき売買による所有権移転登記申請手続を為すべし、訴訟費用は反訴被告の負担とする旨の判決を求め、本訴請求原因についての答弁として原告主張の事実はすべてこれを否認する。被告が原告から本件土地につき売買契約を為したので、賃料を支払つたことがない。ただ被告会社の代表者長柄亘の妻訴外長柄芳子がその経営の瓦工場で製産した瓦を昭和二十五年十一月頃原告の子の訴外宗広兵太郎に売渡したところ、その代金を支払わないで原告はこれを本件土地の賃料に充当した如く主張するのであると述べ、反訴請求原因として、反訴原告は旧商号を長柄航空冷管株式会社と称し戦時中航空機部品の製造加工を為したが、終戦後商号を現在の通り変更し営業目的も平和時に応ずるよう変更した。反訴原告は反訴被告より工場建設のため別紙第一目録記載の土地を当初賃借することとなつたが、昭和十九年五月頃一坪金五円の割合を以て合計一万二千八百八十五円で買受け、代金支払は所有権移転登記と同時に為す約束を為し同地上に反訴原告の工場を建設した。従つて反訴原告が反訴被告に対し右代金一万二千八百八十五円を支払うと同時に反訴被告は反訴原告に対し右土地につき売買による所有権移転登記申請手続を為すべき義務がある。

仮りに右の理由がないとすると右土地は畑地で戦時中のこととて地目変更や所有権移転登記手続が煩雑で、俄に所有権移転登記手続がなし得ないうち終戦を迎えたところ右売買契約当時右土地の価格一坪金五円が相当であつたか、月日の経過と共に時価高騰したため反訴被告は前記売買代金額の値上げを要求して登記に応じなかつたので反訴原告会社の代表者長柄亘はやむなく昭和二十一年一月頃反訴被告方に赴き同人と右土地の売買代金を金八万円に値上げすることと定め、同金額と引換えに所有権移転登記を為すことの約束をした。よつて反訴原告が反訴被告に対し右代金八万円を支払うと同時に反訴被告は反訴原告に対し右土地につき売買による所有権移転登記申請手続を為すべき義務があること明白であるので被告に対しこれが履行を求める為本訴に及ぶと述べた。〈立証省略〉

理由

原告は別紙第一目録記載の土地を被告に賃貸した旨主張するので按ずるに被告が旧商号を長柄航空冷管株式会社と称していたことは当事者間に争いなく右事実に成立に争いない甲第一号証に証人宗広兵太郎(第一ないし第三回共)の証言及び原告本人尋問の結果によりその成立を認めうる甲第三号証の一ないし三に前記証人、証人小松成の各証言及び右原告本人尋問の結果及び被告会社代表者長柄亘の本人尋問の結果(第二回分)を綜合すると被告は商号を長柄航空冷管株式会社と称していたが昭和十九年初め頃その代表者長柄亘の出身地である石川県河北郡高松町に軍需工場を建設することとなり右高松町長丸山兵次に依頼し同人を介し原告にその所有の別紙第一目録記載の土地を軍需工場建設敷地として賃借したい旨申入れ、昭和十九年二月十七日原告は被告に右土地を工場敷地とする目的で期間の定めなく、賃料は百坪につき米七斗の割合で毎年末に納入する約束で賃貸したが、高松町では毎年末役場に於て賃貸土地の一坪当りの賃料分を定める慣習があり原告はこれに従い被告に請求し被告も昭和二十三年度分迄これに応じ右高松町役場の定めに従うことを黙示に承諾していたことが認められる。

被告会社代表者長柄亘の本人尋問の結果中右認定に抵触する部分は信用できない。

他に右認定を左右するに足る資料がない。

反訴原告(被告と略称する)は前記土地を昭和十九年五月頃反訴被告(原告と略称する)から一坪金五円の割合の代金合計金一万二千八百八十五円で買受ける契約を為した旨主張するので按ずるに成立に争いない乙第一、二号証に証人長柄勝円、同小松成の各証言に被告会社代表者長柄亘の本人尋問の結果(第一ないし第三回共)(一部)を綜合すると被告は当初前記土地を原告から買受けるため原告と交渉したが先祖伝来の土地で今すぐ売却するのは困ると断つたので取り敢ず前記の如く賃借したが、昭和十九年四月頃更に原告と接渉し該土地を一坪五円の割合で買受けることとし代金は登記と引換えに支払う約束をしたが、戦争が苛烈になり該土地の地目が農地となつていたためその許可手続等手数を要したので知事の許可を得たがその尽となつていたところ、終戦後原告より被告に対し該代金が安いから値上げしてくれるよう要請したので被告会社代表者長柄亘はこれに応じ昭和二十一年春頃原被告間に右土地を代金八万円で売買することに約束したが右代金の支払期及び該土地の所有権移転並にその登記手続の時期を定めなかつたこと、昭和二十一年五月十七日原被告より石川県知事に対し該土地につき農地調整法第五条による許可申請手続を為しその後許可を得たことが認められる。証人宗広兵太郎(第一ないし第三回共)同宗広初枝(第一、二回共)同長柄芳子(第一、二回共)の各証言及び原告本人尋問の結果、被告会社代表者長柄亘の本人尋問の結果中右認定に抵触する部分は前記各証拠に対比しにわかに信用しがたい。

そうだとすると原被告間の当初一坪代金五円の割合の売買契約はその後の契約により改訂されたものと言うべきであること明白であるから被告が改訂前の契約が尚有効に存続することを前提として原告に対し該代金と引換えにその所有権移転登記申請手続を求めることは爾余の判断を為すまでもなく理由がないものと言わねばならない。

進んで被告の予備的請求について按ずるに双務契約に於ては元来双方の給付が相均衡する対価を有するものと解すべきである。勿論当事者がその対価に如何なる事実上の価値を置くかは自由であり、当事者が或る事実を誤算した場合はその当事者はこれに対し自ら責任を負担すべきは明かであるが、当事者の予見し又は予見しうることのできない事情により給付の価値殊に金銭の価値に大変動を生じ一方の履行が他方の給付に対し均衡が全く破壊せられる場合に於て尚債権者が履行を強請することは信義誠実の原則に反し許されないものと解するを相当とするところ、これを本件についてみると前記土地の価格が敗戦によるインフレーシヨンの激化により本件代金八万円とする契約当時に比較し、約百倍近く急騰し被告が本件反訴請求当時以降に於て契約上の代価が著しく低廉になりその対価的均衡が全く破壊せられるに至つたことは公知の事実であり且この事情の変更は原告の予見し又は予見しうることのできない性質のものであることが推認される。またこの事情の変更は原告の責に帰すべからざる事由により発生したものであること明かである。更に被告が原告に対し前記代金の提供を為したことの証拠の存しない本件に於ては被告がその対価的均衡が全く破壊せられている契約上の代価と引換に原告に対し該土地の所有権移転を求めることは信義誠実の原則に反し許されないものと言うべきである。従つて被告が原告に対し前記代金八万円を支払うと引換えに原告に対し右土地の所有権移転登記申請手続を求めることも亦許されないものであることは明白である。

次に原告は被告が右土地の賃料昭和二十四年度分金一万二千七百五十四円、昭和二十五年度分金三万百五円、昭和二十六年度分金二万四千四百三十六円、昭和二十七年度分金二万二千八百六十九円、合計金九万百六十四円の支払を怠つたので被告に対し昭和二十八年五月三十日附内容証明郵便を以て前記延滞賃料を同年六月十五日迄に支払うべし、若し右期日迄に支払わないときは該賃貸借契約を解除する旨の催告並に条件附解除の意思表示を為したが被告は該期日迄に右延滞賃料を支払わなかつたから右賃貸借契約は該期日の経過により解除された旨主張するので按ずるに被告が昭和二十四年度以降右土地の賃料を支払つていないことは被告の答弁自体により明かでありその証明部分についての成立に争いなくその余の成立については証人宗広兵太郎の証言によりその成立を認めうる第四号証に右証人の証言(第三回分)を綜合すると右土地の賃料は昭和二十四年度分は金一万五千五百十三円、昭和二十五年度分は金二万八千七百六十三円、昭和二十六年度分は金三万九千七百六十円、昭和二十七年度分は金一万八千五百十八円であることが認められる。甲第三号証の三の記載中右認定に抵触する部分は信用できない。

しかしてその官公署作成部分についてはその成立に争いなくその余の成立については本件記録の訴状作成名義人の印影と対照し当裁判所に於て真正に成立したものと認めうる甲第二号証によると原告代理人北山八郎は被告に対し昭和二十八年五月三十日内容証明郵便を以て右土地の昭和二十四年度分以降昭和二十七年度分の延滞賃料合計金九万百六十四円を昭和二十八年六月十五日限り支払うべし、若し右支払なき場合は該賃貸借契約を解除する旨の催告並に条件附解除の意思表示を為し該書面は昭和二十八年五月三十日被告に到達したことが認められる。他に右認定を左右するに足る資料がない。

しかして被告が右六月十五日迄に該延滞賃料を支払わなかつたことは被告の答弁自体により明白である。

そうだとすると前記賃貸借契約は右賃料支払を拒否しうる特別の事情の主張立証のない本件に於ては前記延滞賃料額に於て原告に多少の誤算があるが催告による延滞賃料総額は実際の延滞賃料総額より少額であること計算上明白であるから右催告並に条件附解除の意志表示は有効と解するを相当とするので右昭和二十八年六月十五日の経過により将来に向つて解除されたものと言うべきである。

しかして右土地に被告が別紙第二目録記載の建物を建築使用していることは被告会社代表者長柄亘本人尋問の結果及び検証の結果により認められる。

よつて被告は原告に対し右土地を該土地にある別紙第二目録記載の建物を収去して明渡す義務があるものと言うべきである。次に原告は被告に対し延滞賃料分として昭和二十四年度分について金一万二千七百五十四円を請求しているので同年度分は前記の如く金一万五千五百十三円であるから右の範囲内の請求として正当であり、昭和二十五年度分としては金三万百五円を請求しているが前認定の如く同年度分は金二万八千七百六十三円であるから右を超える部分は失当と言うべく又昭和二十六年度分は金二万四千四百三十六円を請求しているので同年度分は前記の如く金三万九千七百六十円であるから右の範囲内の請求として正当であり、昭和二十七年度分としては金二万二千八百六十九円を請求しているが前認定の如く同年度分は金一万八千五百十八円であるので右を超える部分は失当と言うべきである。よつて原告の被告に対する昭和二十四年度分以降昭和二十七年度分迄の原告請求の延滞賃料分を前記認定の如く正当な範囲に是正すると結局昭和二十四年度分金一万二千七百五十四円、昭和二十五年度分金二万八千七百六十三円昭和二十六年度分金二万四千四百三十六円、昭和二十七年度分金一万八千五百十八円合計金八万四千四百七十一円となるから被告は原告に対し右金八万四千四百七十一円及びこれに対する本訴状送達の翌日であること本件記録に明白な昭和二十八年七月四日から完済迄原法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務あること明白であるが原告のその余の請求は理由がないものと言わぬばならない。

そこで原告の被告に対する本訴請求中右認定の限度に於てこれを正当として認容するもその余は失当として棄却し仮執行の宣言の申立についてはこれを附するのが相当でないと認めこれを却下し、反訴原告の請求は何れも理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用については本訴について民事訴訟法第九十二条を、反訴について同法第八十九条を各適用し主文の通り判決する。

(裁判官 高沢新七)

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